2008年03月28日

石田日信師

光長寺貫首に東之坊前住職
石田日信師が就任

石田日信師
 法華宗大本山、岡宮・光長寺の新貫首に同寺塔頭・東之坊前住職の石田日信(いしだ・にちしん)師が就任した。本山第七十八世。
 石田師は昭和八年生まれ。金岡小から旧制沼中に入学。途中新制高校となり沼津東高を卒業。早稲田大学文学部で哲学を専攻し、卒業後は、当時大阪府枚方市にあった宗門の修行道場である法華宗興隆学林研究科で二年間学んだ。
 三十三年、東之坊に戻り、当時、本山の貫首を務めていた父親の後を継ぎ二十五歳で住職に就任した。同寺第五十四世。平成十六年に退任したが、翌十七年春、長泉町元長窪にある東之坊ゆかりの信教寺住職となり現在に至り、貫首職と兼任する。
 光長寺は法華宗四大本山の一つ。全国に七十余の末寺を持つ。前貫首の任期満了を受けて二月十六日付で貫首に就任。今月半ばに晋山式が行われた。任期は五年。
 就任に際して、「信心を第一とするお寺でありたい」「清らかなお寺でありたい」「和を大切にするお寺でありたい」と決意を表明した。
 石田師は、「日信」を名乗る前の名は「智清(ちせい)」。信心、信仰を第一にしたい、というのは、お寺のお寺たる所以であるとの強い思いから貫首就任に当たり、日号として「日信」を選んだ。「日蓮聖人の心を大切に、現実を見極めながら清らかなものを目指す、現実を浄化することを目標としていきたい」と話す。
 「光長寺という七百年の歴史ある寺だが、文化遺産であってはいけない。結果として文化財であっても、観光寺院とは違う。檀家を持つ個々の寺は檀家を基盤として布教を考えていく、それが寺としての形だろうが、(檀家を持たない)本山光長寺がどうあるべきかは、とても難しい。末寺を統括して立つ寺として足腰強いものでなければいけないが、足腰を強くするとはどういうことか。檀家を持つ個々のお寺とは異なり、また、観光寺とも違い、(末寺に集まる)檀家の人を大切にしながら模索していきたい」
 世の中には宗教や霊性に精神的なものを求める傾向がある。スピリチュアル(精神的な、霊的な)という言葉もよく聞かれる。
 「世間、世情での安らぎの場、憩いの場としての機能をお寺に期待する向きがある。それは宗教の大切な機能ではあろうが、それが宗教ではない。例えば(イスラム寺院の)モスクは憩いの場なんてものではない、ダイナミックなもの。人間が生きる原点みたいなものと直結している。生命のダイナミズムというか、命の脈々とつながった中にある、充実したお寺であるべきで、信心とは、そういうもの。エネルギーに満ち満ちたお寺や境内であるべきで、そこに入った人が力を回復できる、結果として安らぎを得られる、そういうお寺でありたい」
 生身の人間を相手に、足腰据えた仏教のあり方を説く石田貫首。仏教が、地方の文化のみずみずしい母体として、生きている人の生命、精神を育てることに寄与できれば、と願う。
(沼朝平成20年3月28日(金)号)


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Posted by パイプ親父 at 12:46│Comments(0)人物
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