2013年05月26日

沼津信金新理事長に紅野正裕氏

沼津信金新理事長に紅野正裕氏
 堀田大洋理事長は相談役に
紅野理事長



kouno 沼津信用金庫の新理事長に紅野正裕常務理事(60)が就任する。六月十八日開催の通常総会、その後の理事会で決定する。堀田大洋理事長(70)は相談役となる。
 紅野常務理事は沼津市出身。中央大商学部を出て同金庫に入庫。平成十六年に本店長、二十年、営業推進部長・業務部長、同年、常勤理事、二十四年から常務理事(経営企画部担当委嘱)。
《沼朝平成25年5月26日(日)号》

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2013年05月15日

 塚崎耕司さん(つかざきこうじ)(沼津市)

防犯活動実施宣言を行った県明乳会の会長
 塚崎耕司さん(つかざきこうじ)(沼津市)

 県内に約8万人いる顧客を振り込め詐欺など身近な犯罪から守る取り組みを始めた。大学卒業後の1972年から牛乳販売業一筋。2006年に現職に就き、明治乳業製品を扱う県内91店舗を束ねる。大阪府出身。69歳。
 ー防犯活動に取り組む理由は。
 「お客さんあっての商売。大事にしなければならない。食に対する安心、安全は徹底してきた。さらに地域の安心、安全にも貢献していきたいと考えている」
 ー防犯活動はどのように進めるか。
 「振り込め詐欺の手口は悪質で巧妙になってきている。誰かに相談しないと頭が真っ白になってだまされてしまう。啓発チラシを配った上でお客さんにできる限り声掛けをして、少しでも被害防止につなげたい」
 ー身近で被害に遭った人はいるか。
 「不審電話を受けたという人はいた。私自身も自宅では防犯対策の一環で、登録した家族や取引先の番号以外の電話には出ないように心掛けている」
 ◇
音楽が大好き。毎日ピアノを弾いて気分転換を図っている。
《静新平成25年5月15日(水)「この人」》
  

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2013年05月11日

井原三千雄(いはらみちお)さん (沼津市)

沼津市副市長に就任した
井原三千雄(いはらみちお)さん (沼津市)

 1973年に沼津市役所に入庁。産業振興部長、企画部長などを歴任し2012年3月に退職。本年度から副市長を務める。62歳。
 ー就任の抱負は。
 「企画部に15年、産業振興部に17年在籍した経験を生かして、中心市街地のにぎわいづくりに努め、県東部の拠点都市としての機能を高めていきたい」
 ー沼津市の現状をどうみているか。
 「周辺市町に比べて早い時期に円熟期を迎えた。人口減少や商業の衰退などが叫ばれているが、今は次の一歩を踏み出すための階段の"踊り場"にいる状態だと思っている。まちの資源や人材を生かす新しい切り口を探っていきたい」
 ー目指している行政サービスの在り方は。
 「『協働』という言葉がよく使われるが、単に行政が民間に頼り切るのではなく、どのようなサービスが求められているか、官民が一緒に考えて提供していくことが大切。市制90周年記念事業をはじめさまざまな取り組みで実践していきたい」

趣味は4年前から始めたウオーキング。1日1万歩がノルマ。
《静新平成25年5月11日(土)「この人」》
  
タグ :この人


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2013年05月09日

加藤凌平

加藤凌平

加藤 凌平(かとう りょうへい、1993年9月9日 - )は、日本の体操競技選手。静岡県生まれ、埼玉県草加市育ち。身長162cm。埼玉栄高等学校を卒業し順天堂大学へ進学。父親でロンドンオリンピック男子体操コーチの加藤裕之も元体操選手で1989年世界体操競技選手権代表。 2008年、国際大会(リューキンカップ)に初めて参加した。2012年ロンドンオリンピック男子体操日本代表に選出され、同大会団体総合で銀メダルを獲得した。 ウィキペディア
生年月日: 1993年9月9日 (19歳)
生まれ: 沼津市 身長: 162 cm 体重: 54 kg

加藤 男子最年少18歳で父との夢舞台出場果たす
体操NHK杯最終日 (5月5日 東京・国立代々木競技場)
父のKONAMI体操競技部・加藤裕之氏(右)と握手する加藤(左)

Photo By スポニチ
 男子最年少の18歳で代表入りした加藤は、89年世界選手権(シュツットガルト)代表で現コナミ監督の父・裕之さん(48)が果たせなかった五輪出場の夢をかなえ「まだ夢のよう」と話した。

 16歳で全日本選手権3位に入った得意の床運動のポイントで代表入りを狙ったが、この日は緊張する1種目の最初の演技者。練習では全部止まることもある着地が決まらず「満足できない」と振り返ったが、15・350点でライバル沖口を抑え、4日間中3日で首位を奪って代表入りした。

 両親とも体操選手で、9歳から父の指導で本格的に始めた。昨年のNHK杯で8位に入り、世界選手権の補欠になったが五輪を意識したのは、2位通過した4月の全日本後という。常に身近にあって、でも、憧れでしかなかった五輪を本気で目指した1カ月だった。

 父は「代表に必要とされているなら自然に選ばれるはずだ」と送り出した。世界で初めて平行棒の降り技で月面宙返りを成功させ、「ヒロユキ・カトウ」の技名も持つが、88年ソウル五輪は国内で落選。「よくやったなと言いたい」と喜んだ。

 それでも3人の代表を送り出すコナミ監督として代表スタッフ入りが濃厚な裕之さんは「うれしさより大変という気持ちが強い」と複雑。その父の心配をよそに息子は「役割は床。チームを元気づけられるように」と18歳の端正な顔を喜びで満たしていた。
[ 2012年5月6日 06:00
  

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2013年05月07日

洋画家赤堀尚(85)

「赤堀尚展」三島・佐野美術館
 徹底した空間構成

 洋画家赤堀尚(85)=沼津市内浦出身=の個展が三島市の佐野美術館で開かれている。渡辺妙子館長との公開対談では「色彩の透明感」に対する世の評価に対し、徹底した現場主義とフォルム形成、空間構成を第一義に語り、赤堀自身の「意識の写実」ともいえる制作の一端を披露した。
 旧制韮山中から静岡第一師範学校を経て、両親と同じ教員となった。だが、終戦間もない混乱期の教員生活に疑念を抱き、1年足らずで職を辞し、東京芸大に浪人して進んだ。「死してやまぬ」の大義を終戦で失い、「命懸けでぶつかるものを探していたのかもしれない」。
 東京美術学校当時の破天荒な空気がまだ残る東京芸大で梅原龍三郎、林武、山口薫らに学び、専攻科修了後、1950年代後半からと60年代後半の2度、延べ7年間のフランス留学で画才を磨いた。
 狙いや後付けの理由を嫌い、「現場で描いた絵は最後まで現場で描け」という恩師林の言葉を奥底に、「いい風景に出合い、絵の具バックを広げている時が一番幸せ」と笑う。
 「一にフォルム、二にフォルム、三にフォルム。色のことはほとんど考えない」。青い月も緑の顔も「そう感じるから描く」とそっけない。ただ、故郷の澄んだ空気や水が「『透明感』の原点にあるのかもしれない」と追想する。
 昨年制作の「ミルクパンとコップ」(146×112㌢、油彩)は画面のほとんどを机と背景が占める。そのバランスと緊張感は、与謝蕪村や池大雅らの山水画との「空間の扱いにおける接点を描けたら」と願う真骨頂ともいえる。「余分なものは捨てるに限る」。捨象の境地である。

「赤堀尚展赤の軌跡」は19日まで。木曜休館。11日午後2時から明星大の宝木範義教授が「色彩の力 赤堀尚の風景と静物」と題して講演する。
《静新平成25年5月6日(月)朝刊》
  
タグ :美術展


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2013年05月01日

小川客子さん(おがわようこ)(沼津市)

沼津市教委の魁光章を受章した
小川客子さん(おがわようこ)(沼津市)

 長年にわたり特別支援教育に取り組み、他の教諭や保護者に対する的確な助言など、教職員の資質向上に貢献している点などが評価された。沼津市立今沢中教諭。52歳。
 ー受章の感想は。
 「周囲の支えがあってこそ。特別支援教育を通じて多くの経験をさせてもらっているが、まだ未熟。教諭としての資質を高め、迷っている保護者や子どもたちの支えになっていきたい」
 ー特別支援教育に関心を抱いたきっかけは。
 「特別支援の子どもの明るい笑顔を見たのが最初。指導も通常学級と異なる部分があり、新しい教育を知ることが楽しかった。子どもたちは正直に感情が出る。楽しいから笑顔ではなく笑顔だから楽しいという気持ちを忘れずにしたい」
 ー今後の課題は。
 「特別支援の子どもたちが自信を持って社会に出て、自立することが大事。保護者と一緒に子どもに適した教育を考えていく。学校と家庭、社会が連携し生活しやすい環境を整えたい」
 ◇
 「繊細に見えるが楽観的」と自己分析。ストレス解消はテレビドラマ。
《静新平成25年5月1日(水)「この人」》
  

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2013年05月01日

市民ランナー 星野芳美さん 沼津市在住

市民ランナー 星野芳美さん 沼津市在住

 ほしの・よしみ 三重県津市出身。三重・神戸高時代に陸上部に所属。高校卒業後就職し23歳の時に結婚。30歳すぎから本格的に走り出した。夫の転勤で2000年に金沢から沼津市内に転居。06年の長野マラソンは4位ながら日本人女子最高に入ったほか、名古屋、北海道などのビッグ大会にも参戦。これまでにフルマラソンには約50回出場し、大田原(栃木県)や小笠・掛川など大小の大会で数多く栄冠を手にしている。フルマラソンのベストタイムは05年の大田原でマークした2時間35分58秒。マラソンのほか、ハーフマラソンなどのレースにも挑む。05年の岡山国体には本県代表として成年女子ハーフマラソンに出場し7位入賞。県市町対抗駅伝は沼津市代表として第1回から昨年の第13回までフルエントリー。けがで体調が整わなかった11回大会を除いてたすきをつないでいる。
大学2年を筆頭に3女の母。156㌢、46㌔。46歳。
《静新平成25年5月1日(水)朝刊》
  


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2013年05月01日

 山崎篤氏

 山崎篤氏

 山崎篤氏(やまざき・あつし=元沼津市議会議長)は二十九日、病気のため死去した。六十五歳。自宅は東熊堂五一の二六。
 通夜が一日午後六時から大岡駅前町の大岡平安典礼会館で行われ、葬儀・告別式が二日午前十時から同所で。十一時半出棺、正午火葬。喪主は妻の宏子さん。
 山崎氏は新潟県柏崎市出身。国立長岡高専卒業後、明電舎に勤務。平成三年の市議選に出馬して当選。二十三年に引退するまで五期二十年間、市議を務めた。
 この間、文教消防委員会副委員長、特別委員会委員長等を歴任。第七十六代、第七十九代議長。
《沼朝平成25年5月1日(水)号》
  
タグ :訃報


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