2010年09月28日

「小林桂樹さんを悼む」

「小林桂樹さんを悼む」 佐藤忠男
 理想の人間像示した名優

「小林桂樹さんを悼む」

 小林桂樹は若いころ、ごくごくきまじめな青年の役をいかにも不器用に真正直に演じているという感じの二枚目の映画俳優だった。同じように、ただまじめで不器用なだけの下積みの少年だったわたしとしては、観客として見ていて自分の不器用さを見せつけられているようで腹が立つほどだった。
 それがしばらくたって、今井正監督の「ここに泉あり」や堀川弘通監督の「裸の大将」の主演では、あっと驚くほど違った俳優になっていた。
 一見してごくごく普通の人、平凡な人の役であることに変わりはないが、実はその内側にはテコでも動かぬ自己主張があり、それを貫くためには口八丁手八丁の才を見せる。そんな、実は同じく一見平凡な人間であるわれわれが、日ごろ内に秘めているつもりでいる非凡なところもちゃんと併せ持った、実に魅力的な人間に変わっていたのである。こんどは見ていて、そうだ、自分も実はそういう人間なんだ、と勝手にうれしくなったりしたものである。
 俳優がある時期突然うまくなることを、化けるという。小林桂樹は19歳で素人からいきなり俳優になっている。「ここに泉あり」で地方の交響楽団のマネジャーの、ちょっとホラ吹き気味でオッチョコチョイなところもあるが、それなりに理想も信念もある男を好演したときは32歳。13年ほどで化けたのだと思う。
 以後、人気シリーズの「社長」ものなどの軽い喜劇演技をベースにしながら、ときどき重厚な演技の真剣なドラマも見せて、見応えのある俳優になっていった。
 重厚な演技でいえば冤罪(えんざい)事件を追及する弁護士を気迫十分に演じた「首」が見事だった。学徒出陣世代の体制への恨みという深刻な主題を、日常的なユーモアを通じてしなやかに演じた「江分利満氏の優雅な生活」も彼ならではの名演である。
 しかし小林桂樹のもっとも小林桂樹らしい演技として人々に深く印象づけられているのは、例えば松山善三監督・脚本の「名もなく貧しく美しく」のろうあ者夫婦の夫のように、一見平凡な、気のいい、しかしシンの強さを持った人間であろう。ということはつまり、平凡な人間としてのわれわれが、実はひそかにそうでありたいと思てている人間像である。そしてついには実に風格の豊かな名優となったのである。
 その風格で見せる晩年の作品としては、大林宣彦監督の「あの、夏の日・とんでうじいちゃん」での、元校長先生のおじいちゃんが素晴らしい。威厳とおどけたところを併せ持った老人である。人間誰しも、老いてはこういう人間になりたいのではなかろうか。(映画評論家)

小林桂樹さんは16日死去、86歳。
(静新平成22年9月28日夕刊)


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Posted by パイプ親父 at 17:43│Comments(0)訃報
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