2012年10月17日

「市長選立候補予定者に聴く」石原義裕氏

「市長選立候補予定者に聴く」
② 石原義裕氏
「市長選立候補予定者に聴く」石原義裕氏
 昭和三十一年、旧戸田村生まれ。五十六歳。現住所は中沢田三一九。
 韮山高から明治大学文学部に進み、英米文学を専攻した。卒業後に帰郷。司法書士を目指して沼津市内の司法書士事務所に勤めながら試験勉強を続けたが、本格的な勉強のために六十三年に退所。東京に転居し、働きながら勉強して平成二年に合格した。
 翌三年に東京都で司法書士事務所を開業する一方、法律関係を学ぶ学生らを対象に法律学講座を無料で開講し、講師を招くとともに、自身も講師を務めて後進の育成に尽力した。
 政治にも関心を持ち、国会議員の選挙活動の手伝いも行ったが、日本の将来について考える中で、GHQ(連合国軍最高司令官総司令部)が戦後の日本に対して、大衆の関心を政治から逸らす「愚民化政策」を行った影響が現在も続くことを主張。「なんでもアメリカの言いなりで、これで独立国と言えるのか」と奮起。「享楽と金だけを追求し、社会的マナーや道徳心も廃(すた)れつつあり、日本人は美徳を失っている」と、啓発活動に力を入れた。
 東京都で十年間、過ごした後、浜松市に事務所を移転。多くの外国人出稼ぎ労働者らと知り合い、親交を深めた。仕事にあぶれた外国人を事務所で雇い、司法書士の仕事では暴力団組織が絡む案件も引き受けて法的な手続きで解決するなど、「相手が誰であろうと、言いたいことを言う覚悟を決めている」と、信条に基づき行動してきた。
 その後、沼津市に移転して十年がたつ。自宅は事務所を兼ねる。同居していた母を今年一月に亡くし、現在は一人で暮らす。
 選挙への出馬は長年考えていたが、母親の同意を得られず、「信念を通すと言っても、親に止められれば聞かざるをえない」と断念してきたが、母の死をきっかけに、「やりたいことをやって死にたい。自分が行動を起こすことで市政に一石を投じたい」と出馬を決意した。
 「人にやさしい政治に尽きる」として、公務員の意識改革を第一に掲げる。
 自転車で走るには危険なデコボコの道路があり、中心市街地の美観が損なわれている光景などを目にし、市役所の関係課を訪ねては改善を求めてきたが、「何度言っても改善されない。説明すれば納得はするが、行動に移さない。すぐやる課を設けて住民の声を聴き、すぐ行動に移すよう市長に提案したが、返事ももらえなかった」という。
 「大型公共事業をやる前に、人の命に関わるような危険な道路の整備を優先すべき。中心市街地の美観も保てないようでは活性化は無理で、中心市街地の景観に水を有効に取り入れた三島市に習うべき。公務員が公僕である意識を持たず、就業時間内だけいて高額の給料と賞与をもらい、市民の声には耳も貸さない。『君達は貴族か』と言いたい」と憤る。
 具体的な改革案として挙げるのは、「市長および議員も含め市職員の人件費三〇%削減」で、「景気の低迷で企業ではリストラや賞与なし、賃金カットは当たり前だが、公務員は守られているため仕事への意識が低い。市職員に冷や水を浴びせ、民間と同じ痛みを分かち合ってもらう」と話す。
 「非正規職員も含めて三〇%人件費をカットした場合、一般会計と特別会計、企業会計を含めて五十九億六千万円の削減になる。当然、若い世代や非正規職員の削減率は抑え、所得の多い職員が中心になるが、反対するなら人員削減との二者択「を迫る。ただ、カットするだけでなく、民間と同様に能力や意識の高い職員の給料は増やし、意識の低い職員は据え置く再配分を行い、余った分はインフラ整備などで有効に活用する」 「人にやさしい市政のためには財政の立て直しが必要だが、それ以前に職員の意識改革をしなければ、財政を工夫して持ち直したとしても、市民に良質なサービスは提供できない」と強調する。
 また、今後の日本を担う二十代とバブル経済の恩恵を受けた四十代以上で「世代間ギャップが大き過ぎる」ことを指摘。
「将来に希望が持てないバブル崩壊後の世代に『希望の光』を与えなければ、高齢化と人口減が進む沼津の将来は暗い。二十代に集中的に予算をつぎ込み、やる気のある人間には、それなりの設備を用意し、就労支援などの投資をする。十代の教育にも特出したものがなければ、若年層は長泉町をはじめ周辺市町に逃げるばかり」
 一方で、「日本人よりも、もっと苦しいのは在住外国人。参政権はないが同じ市民である在住外国人にスポットを当てたい。日本人と外国人が地域で日常的に文化交流を行い、互いの語学教育の場にもなるような塾を地区センターなどで開き、自分の身を守るために必要な法的な知識やゴミの出し方なども教え、トラブルを防ぎたい」考えで、「市立病院にはポルトガル語、スペイン語、英語が話せるスタッフを配置し、外国人が安心して医療を受けられるようにしたい」という。
 鉄道高架事業については、「詳しい内容は正確な資料がないため分からない」としながらも、「一般論として、事業効果があり、財政に余裕があるならば、高架の下を自由に行き来できるようにした方が良いに決まっている。市民のためになるのであれば知事は土地を収用すればいいのに、なぜしないのか」と疑問視。
 実感としては、「市民が鉄道高架の賛成、反対に関心が高いとは思えない。今さら造っても遅い、どうせ造れないんじゃないかと思っている人の方が多いのではないか。司法書士の仕事で土地の登記手続きをよくするが、日本人は土地に執着し、しがみつく部分がある。関心が高いのは土地に関する当事者だけ。土地には公共性があり、民法第一条第一項に『私権ハ公共ノ福祉二遵フ』とある通り、その利用は本来、限定的なものである。土地収用法が存在している以上、収用できると考える」と主張。
 沼津の現状について、「沼津は、目的地ではなく、ただ単に通過するだけの都市になり下がった。沼津港の集客に頼り、観光地として大々的に宣伝する一方で、市は何もしていない。沼津港で観光客が接触事故を起こしたのを見て、休日だけでも警備員を配置するよう市に提案したが受け入れられなかった。沼津港を観光の拠点と考えるなら、それなりの予算を付け、駐車場を広げ、観光客がより楽しめるようにするべき。今の沼津市は仕事をしているつもりになっているだけ」だと断じた。
 「市長になったら市役所一階にオープンスペースの市長室を設け、誰でも気軽に会えるようにして、現場の声を直接吸い上げる」という。
 故郷の戸田地区については「昭和四十年に北マリアナ諸島で静岡県竿釣漁船七隻が台風で沈没する集団遭難事故が発生し、戸田の漁師を含む二百九人の乗組員が犠牲になる大惨事があり、同級生の父親も大勢死んだ。戸田住民にとっては忘れられない悲しい出来事。今では遺族だけで慰霊祭を行うが、遺族だけの問題ではない。この事故にスポットを当て、人集めにもつなげたい」と話す。
《沼朝平成24年10月17日(水)号》


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Posted by パイプ親父 at 05:26│Comments(0)政治
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