2008年03月24日

アーサー・ウェイリー

源氏物語千年⑨ 島内景二
ウェイリー訳、批評精神に脚光
 現在、源氏物語は「世界文学」の仲間入りを果たしている。その最大の恩人は、英国人アーサー・ウェイリー(一八八九~一九六六年)である。
アーサー・ウェイリー ウェイリーの英語訳は、涙が出るほど美しい。散文詩を読むようだ。試みに、彼の英語訳を日本語に戻してみよう。
「葉隠れの白い花のなかば開いた花びらは、みずから抱いた思いに一人ほほえむ人の唇に似ている」。これは、「夕顔」の巻の中の文章である。
 何と叙情的で、読者を夢見心地にさせるポエムであろうか。ウェイリーは、源氏物語を最も深く愛した外国人である。
 彼の訳した「朝顔」の巻も、日本語に戻すと、その素晴らしさがわかる。
 「『錆(さ)びています』と年老いた門番は悲しげに言った。錠は不快な音を立てる、が、開く気配はない。『どこも悪くないのですが、ひどく錆びています。今はこのドアを使う人もいませんので』。門番の言葉は何げなかったが、光る君の心は言いしれぬ憂愁で満たされた。何と早く錠が錆びつき、蝶(ちよう)つがいが硬くなり、ドアが彼の後ろで閉まることか。『私も三十歳になった』と、彼は思った」
 ここにあるのは、人生に対する深いあきらめである。失われゆく青春に対する哀惜の念。そして、滅びゆく美しい文明に対する惜別。
 これらの感情と叙情性こそ、二十世紀を代表するプルーストの長編「失われた時を求めて」にも通じる源氏物語の現代性であると、訳者のウェイリーは見抜いた。
 ではウェイリーの英語訳の読者は、どのように受け止め、どこに反応したのか。彼らは、物語の中に、女性論、物語論などの評論が入
り込んでいる点に、新しさを見た。
 文学作品は、芸術批評、人生批評、文明批評の最大の武器である。ウェイリーの美しく鋭敏な英語訳によって、源氏物語は現代の批評精神の代表となったのである。
 ウェイリーに続き、サイデンステッカーら優れた翻訳者が現れた。ウェイリーに学んだドナルド・キーンのような一流のジャパノロジスト(日本研究家)も輩出した。
 人間とは何か。文明とは何か。世界とは何か。その解答を模索する誠実な読者が、世界各地で源氏物語を読んでいる。(電気通信大教授) (静新平成20年3月24日「命をつないだ人々」)


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Posted by パイプ親父 at 20:15│Comments(0)人物
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