2016年12月11日

河村伝兵衛氏死去 73歳

河村伝兵衛氏死去 73歳
 「静岡酵母」開発
河村伝兵衛


 県産日本酒の評価を高めた「静岡酵母」の開発者河村伝兵衛(かわむら・でんべえ)氏が6日、静岡市葵区丸山町の自宅で死去した。73歳。袋井市出身。通夜は11日午後6時から、告別式は近親者のみで12日午前10時半から静岡市葵区清閑町6の4、はなぞの会館清閑町で。喪主は長男篤毅(あつき)氏。
 1965年に県に入庁。県工業試験場醸造課や県沼津工業技術センターに勤務し、日本酒醸造に使う県独自の酵母の開発に成功した。静岡酵母を使った吟醸酒は80年の全国新酒鑑評会で県内初の金賞を獲得。その後も多くの酒造会社に酵母を広めて吟醸酒の高品質化を図り、静岡を銘酒県に押し上げた。2003年の退職後は自ら起業し、発酵技術を使った食品開発などに取り組んだ。2013年4~6月、本紙夕刊「窓辺」を執筆した。
 県内の酒造関係者らは河村氏の功績をたたえ、別れを惜しんだ。県酒造組合の望月正隆会長(54)は「静岡の酒の認知度を引き上げた功労者で感謝するばかり。静岡型の酒造りの手法をつくってくれた」と語った。磯自慢酒造(焼津市)の寺岡洋司社長(60)は「早朝から酒蔵を回って杜氏(とうじ)からこうじ造りを学ぶなど、酒造りに妥協を許さず研究熱心。役人というより『職人』だった」と振り返った。故郷の地酒開発で指導を受けた袋井商工会議所の豊田富士雄前会頭(68)は「自身の技を磨くことについてはずばぬけた学者。狙いを定めたら真一文字に取り組んでいた」とまじめな人柄をしのんだ。
 故人の弟子だった青島酒造(藤枝市)の杜氏青島孝さん(52)は「先生からは『真酒唯一』という言葉をもらった。真の酒はただ一つ。教え通り、酒造りの本質を追求していきたい」と師の志を受け継いだ。
【静新平成28年12月11日(日)朝刊】
  

Posted by パイプ親父 at 05:49Comments(0)訃報